【葬儀体験談2-2】佐々木家の場合|葬儀社、通夜、告別式など

 

 

2-4.葬儀社の選定

 

葬儀社は、じつは事前に決めておりました。母が亡くなる前に、もう一人大事な家族を亡くしておりまして、その際にお世話になった葬儀社が大変よくしてくれたのを覚えていたため、そちらの葬儀社も今回も利用しようと考えました。

 

母自体、自分で予後を予知している部分はあるように感じましたが、それを家族で話すことはしませんでした。また、そうした葬儀の話も母の前ではしたくなかったので、母が治療で入院している期間中に葬儀社と簡単な打ち合わせだけ行いました。

 

2-5.余命宣告、そして葬儀社と具体的な打ち合わせ

 

そしていよいよ主治医の先生から余命宣告をされた際に、時間がほとんど残されていなかったため、すぐにその葬儀社に連絡をして、詳しく話を聞いたりしておりました。

 

この時点ではまだ、見積もりは軽くしかしておりませんでしたが、希望(家族葬とか何人くらいくるか、そして予算)などは事前に伝えておりました。またこのときに、悲しいですが、棺だけは選んでおきました。

 

葬儀社とは、この準備段階で数回電話連絡をしただけで、あとは母が亡くなったあとに、すぐにまた電話をして、葬儀社の方でも実際の葬儀の段取りを組んでくれました。

 

2-6.葬儀社に到着後の打ち合わせ

 

葬儀社に母と家族、そして親戚とともに到着すると、また少しお祈りの時間がありました。ですがその後はすぐに事務的なお話になりました。

 

例えば、具体的な葬儀に参列する人数、香典返し、何人葬儀会館に泊まるのか。さらに通夜と告別式の際のお食事についてや、お花、祭壇レベルなどのお話がありました。

 

私は、母にはすごくお世話になりましたし、ひとりっこだから仕方ないなどど言われないように、あまり質素な食事などにはしたくありませんでした。

 

しかし、母の親戚が、私が当時若い喪主(33才)だったので、かわいそうに思ったのか、親戚メインでいろいろ決まってしまいました。

 

また、葬儀社の方も、私が若すぎて、何かあると年上の主人や親戚に確認をしてきて、喪主は私なのに…と思うことがたびたびありました。

 

2-7.お通夜(家族葬)

 

今回は、家族葬にしたので、お通夜に参列したのは、母の姉弟と私の家族、そして私の学生時代からの友人のみでした。

 

 

その後、神父様とお通夜に参列した人たちで、お食事をして、泣きながらようやく母の話をしたり、母の顔をゆっくり見ることができました。喪主は悲しむことも出来ないんだなと改めて痛感した瞬間でもありました。

 

その後、ほとんどの親戚は予約したホテルに帰り、私の家族とホテルがとれなかった親戚で会館に泊まりました。私は、悲しみが一気に押し寄せてきてしまい、一睡も寝ることが出来ませんでした。

 

2-8.告別式(弔問客対応、喪主挨拶など)

 

翌日朝から告別式の準備で大忙しでした。遠方から母の親戚が続々とおとずれ、一人一人にあいさつをします。

 

また葬儀社の方と、火葬場などへの段取りを最終確認しながら、弔問(ちょうもん)客の方に話しかけられると、親身に話を聞きもしました。また、私は喪主のあいさつもあったので、その合間にあいさつも確認していました。

 

 

告別式では、もう少しで母と本当にお別れになってしまう悲しみから、昨夜以上に涙があふれて止まることがなかったのですが、喪主としての立場もあり、涙を拭きながらあいさつなどをしたことを覚えています。

 

 

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